2022/1/23
既存住宅流通研究所 中林昌人
オートローンは残価設定型に置き換わる?
車の購入にあたり残価設定ローンが普及している。
あらかじめ何年か後の買取り価格分を差し引いた残高に対しての返済額は全額購入に対して割安になる。少ない費用で新車に乗ることが出来、何年か後に新しい車種に比較的容易に乗り換えが出来ることで人気がある。
単純比較として300万円の車を金利3%で3年ローン(36回払い)で購入すると毎月の支払いは87,240円。3年後の残価が150万円として残価設定ローンを組んだ場合毎月支払いは43,622円と毎月の差額は半額となる。同じ返済額であれば倍の価格の車に乗れることも魅力となる。(実態は残価に金利が掛かるのでこの通りではないが)
今までであれば87,240円を3年間支払い150万円で下取りに出して買い替えていたが、単純に毎月返済が楽になるという点で選択肢が増える。
毎月の返済額が安くなるという事は購買意欲が高まるだけでなく購買力が高まる事にも繋がり各自動車メーカーがこの形態のローンを推奨していることも頷ける。
住宅業界においてのローンはカーローン以上に重要性は高い。キャッシュで購入できる層はほんのわずかでありほとんどの購入者は年収の何倍もの長期ローンを組んでいる。
なぜ残価設定型ローンは自動車市場で広がったか?
元々自動車業界では中古市場が確立していた。
車種にもよるが、何年か後の買取り価格はある程度予想できる。そして下取り額を頭金にして次の車に乗り換える事が通常可している。
それでも現在残高設定型ローンが普及しているのは
- 毎月の返済を安くすることによって販売促進に繋がる
- 何年か後に程度の良い中古車の仕入れが約束されている。
- 同じディーラーでの新車購入が買替の条件となっている。
以上の様な理由(一人の顧客で3回のビジネスチャンスが有る)で各自動車メーカーの顧客抱え込み戦略として拡大している
住宅業界における残価設定型ローンの実情
国土交通省では2020年、住宅用残価設定型ローンを普及させようと官民協力事業として普及の取り組みを始めた。しかし日本に於いては欧米に比べて中古住宅市場の確立がなされておらず10年、20年後の住宅評価基準も曖昧であり各金融機関は残価設定のリスクを取りたがらない。
唯一成立しているのは、新生銀行が旭化成ヘーベルハウスのみを対象とした商品とされている。
これは優良ストック住宅推進協議会を立ち上げた旭化成不動産レジデンスの自社商品査定及び買取りスキームを前提に作られている。スムストック査定を基準として20年後、30年後の自社商品の価値を把握しており買取り及び販売ルートも確立している。
勿論60年間自社商品の維持点検を行い、その記録を保持する長期維持管理システムがその土台となっている。
住宅に残価設定型ローンは必要か?
何らかの理由でその場所での居住期間が10年程度と決まっている人が居るとする。通常だと賃貸マンションを選択すればよいが日本にはファミリー向けの良質な(例えば100㎡以上の)賃貸マンションは少ない。また良質な戸建の賃貸は皆無に等しい。
基本性能の良い(断熱、耐震等)戸建て住宅に一定期間住みたいという需要に対して残価設定型ローンは使い勝手の良い物になる。今までは一定期間居住した後に不動産市場で個別に売却をしなくてはならなかったが、あらかじめ設定された価格で引き取ってもらえるのであればその手間が省ける。実際に自宅の売却は不動産会社の選定から査定基準の確かさの確認等、一般個人としては想像以上のストレスが掛かる。その手間が省けるという事は大いに価値のある事と言える。
また、今後日本に於いても住居のあり方は多様化している。昭和の時代に有った住宅すごろくの概念も既に消滅しており、終の棲家である一戸建てで一生を終わるという選択肢も減少している。
実際に35歳程度で子供2人の4人家族が100㎡前後4LDK戸建て住宅を購入。二人の子供たちに個室を与えても使われるのは10年~15年のケースが多い。その後はめったに入室しない6畳間が二部屋2階に放置されるという状況が続く。挙句の果てに耐震性能を向上するためには減築をしませんかと言った無駄な投資をする羽目になるやもしれない。
そのようなライフステージの変化をあらかじめ読み取って一戸建てに住むのは子育て期間中の15年と決めてその後は夫婦二人で小ぶりのマンションに移住するという計画を組んだ場合、15年間の返済金額を減らしてその分貯蓄に回すという選択肢が現れる。ローン返済に縛られる比率が減少し、マネープランの自由性が増すことになる。
勿論、現在の様な不動産の買替という選択肢もあり適正価格で売却できるように維持管理に努めるという選択肢もある。しかし前出の売却にまつわる不動産業者とのやり取りのストレスを考えると今まで仕方ないと思いっていた事を避けるという選択肢が現れる。
国土交通省が推奨しようとしているのになかなか実現しない理由
車で出来て住宅で出来ない理由
- 車には車検があり、3年後5年後の性能が保証されている
- 車には中古車市場が出来上がっている。新車6割中古車4割
- 車検以外にも定期点検制度があり、オイル等消耗部品の交換は常識になっている。
日本の戸建て市場では
- 一般住宅の維持管理は義務つけられていない。外壁、屋根の塗り替え等必要なメンテナンスの実行は個人任せとなっておりその実施率は計る事が出来ない。長期優良認定住宅では30年間の維持管理と記録保持が義務つけられているが主体者は個人(オーナー)でありその内容や手段は確認のすべはない。
- 中古住宅の流通量は全体の約17%(市場そのものが小さい)。
- 中古住宅の質や価格を決定する明確な基準が無い
とされており、安心して購入できる商品が無いので市場も貧しい
ではどのような中古住宅であれば安心して購入できるのか?
車であれば、事故や故障の履歴が無く点検の記録が有り消耗部品の交換等の整備がされていれば安心して購入できる。価格構成の要因は走行距離や人気の有無とされる。
走行距離はその車の耐用年数や走行可能距離から逆算することになり残りどれだけ快適に使用する事が出来るかどうかという価値である。
人気はその新車時における人気や総販売台数等が影響してくる。
それを住宅に置き換えてみた場合どうなるか。
残価設定型ローンに対応できる商品(住宅)とは
- 新築時の資料が揃っている。建築請負契約書を始め、建築確認申請書類や検査済証等建築主が工務店から受け取る資料が全て揃っていれば購入者の安心感は担保される
- 長期修繕計画が存在し、定期点検と併せてその計画通りの修繕がなされており記録が存在する。車検と同じ理屈である。大手ハウスメーカーでは自社による点検と記録保持があるが、この点検内容の確からしさ(エビデンス)は大手である事の信用力が担保している。一般的な工務店ではどうか?
ハウスオーナーと工務店の間での点検記録の共通化は特に問題は無い。
しかし、其のデータを基にその住宅の価格査定を購入者が判断する場合はどうであろう。やはりそこは民間車検場の様な一定の資格を持つ第三者による点検が必要であろう。そしてその点検記録は部外者による改ざんを防がなくてはならない。
ブロックチェーン等の技術を利用した公的記録として保管されていることが望ましい。
具体的な点検記録とその修繕内容
- 新築後2年、5年、10年その後は5年毎の定期点検。点検内容については国交省推奨の一次インスペクションや、プレハブ協議会監修のスムストック住宅診断等を参考に内容を公にする必要がある。
- 屋根、外壁、基礎等構造躯体に関する修繕は長期修繕計画通りに実行されている事。当然、施工者、その仕様書価格等の記録は蓄積していく事が必要
評価基準(仮称Rストック評価システム)
新築価格(請負契約書がある場合はその価格それ以外は推進センターの標準価格を利用)
の60%を躯体の価格 40%を内装設備の価格と仕分ける。構造躯体と内装設備の償却を分けて評価する。
また新築時に於ける工事中の第三者機関による品質検査や、地盤保証等は構造躯体価格の評価ポイントを一定数割増する。その後は既に普及しつつあるスムストック査定と同様に土地価格と建物価格を分けて査定、表示する。
構造躯体価格
上記のメンテナンスを実施し記録がある事を条件に下記の査定方式で計算する。
AAA 長期優良認定住宅の構造躯体耐用年数は100年で計算
AA 劣化等級3 構造躯体 耐用年数 75年
A 劣化等級2 構造躯体 耐用年数 50年
上記以外 構造躯体 耐用年数 30年条
*5年毎に瑕疵担保責任保証が延長されている場合は評価を一定数アップさせる
*5年毎に防蟻処理が施されている場合は評価を一定数アップさせる
内装設備
基本は20年で償却。但しリフォームをした場合施工金額の70%の額を復活。そこから20年で償却
長期優良認定住宅査定価格の減価イメージ
残価設定手法
上記条件を満たした前提でX年後の査定価格を算出。
買取り前提として80%の価格設定を行う。この買取り価格分を新築価格から控除した金額でローンを組む。
市場形成
上記条件を満たした(点検・修繕済み)の優良なストックを包括的に管理する事が必要。
イメージとしては共通のフォーマットで維持管理を行う団体を作り維持管理の内容を公開できる前提で管理する。
そしてその物件の売却及び買取りを引き受ける不動産業者のネットワークを作る。このネットワークは上記Rストック評価システムに基づいた査定価格にて買取りを行う。
定期的に一定数の良質な中古住宅が供給される事となり、取り扱いが増える事をメリットと感じる不動産業者が参加する事が予想される。また工務店自身も業態を新築一本からリフォーム、そして自らの施工した物件の買取り再販業へシフトしていくことも生き残り戦略として重要な課題だと言える。
期間満了後の選択肢
車の残価設定ローンと同様に次の選択肢も用意しておく必要がある。
- 残金を一括払いして所有を続ける。
- 残金に対して再ローンを組み住み続ける
3.リースバックで家賃を支払い住み続ける。一般のリースバックと異なり売却資金は取得できないが賃貸物件として住み慣れた家に住み続けたという希望はありえる。
残価設定ローン対応型商品の企画スケジュール
- 1 別紙残価設定型ローン対応住宅条件一覧表に準じた長期メンテナンス商品の開発
・当面は工務店向けの商品とする。必須の3条件は標準とし、その他はオプションとして顧客に選別してもらう
2 Rストック査定基準の完成。
・上記条件に基づく査定プログラムを作成。現場にて簡便に利用出来るよう単純化する必要がある。3
3 関係各省、金融機関との調整。
・管轄は国土交通省住宅局だと思われる。対応の可能性がある金融機関は新生銀行やハウスメーカーが出資している日本住宅ローン、イエール等IT系も考えられる。
4 不動産業者ネットワークの構築。
・スムストックを取り扱うメーカー系不動産会社10社 その他取引時にインスペクョンを推奨している「売却の窓口」等既にあるネットワークへアプローチ。
以上の体制が構築できれば残価設定型住宅ローンを利用しないとしても日本の住宅の価値維持と個人資産の保全が可能となり、国土交通省が長年思い描いていた健全な既存住宅流通市場の拡大の可能性が高まります。その為の切り口としてご理解いただければ幸いです。
また残価設定型住宅ローンを利用することによって年収の8倍以上という高価格で高止まりしている首都圏の住宅購入をあきらめていた層にも無理のない形で購入できる可能性が出てくることでしょう。
所有と賃貸以外の選択肢が現れることで日本人の住宅に対する意識が変化し、一生涯住宅ローンに縛られるという不都合な真実からの脱却の一歩となることを信じて当企画書を作成しました。
関係各位におかれましては是非とも実現へのご助言、ご協力をお願い申し上げます。
以上